昨日、柏から下北沢に向かう途中、人身事故のため代々木上原で電車が止まり、運転再開までに1時間ぐらいかかるとのアナウンスがあったので、下車して2駅分を歩くことにしました。
日本CI協会勤務時代に東北沢⇔代々木上原、東北沢⇔下北沢はさんざん歩いたので勝手知ったるなんとやらで、でも9年ぶりだったのと小田急線が地下化して景色が変わってしまったのでちょっと迷いましたが、早足で30分もかかりませんでした。
途中、古巣の日本CI協会ビルの跡地にも寄ってみましたが、見事に解体され、更地になっていました。
グッとこみあげるものが・・・と写真を撮りながらしみじみ眺めていたのですが、なぜか全くこみあげてこなく、ちょっと拍子抜けしました(^_^;)
CIが昭和51年に東北沢に移ってくる前の中野ブロードウェイ時代も知っていますが、桜沢里真先生の料理教室に通ったのも、大森英櫻先生の正食医学を習ったのも東北沢に移ってからですし、昭和54年にオーサワジャパンに入社した勤務地もこの場所でしたし、何より女房と出会ったのもCIなので(笑)、そこが跡形もなく消えてしまったのですから、もっと寂しがってもいいはずなのに、サバサバしたものでした。
久しぶりに桜沢先生の著書をパラパラめくってみると、こんな一節が目に留まりました。
『陽が陽と接するところ、無双原理の定理の示すごとく初めは相排斥し、のちには同性、同一性なるがゆえに融和します。
陰と陽が会うところ、その性が相反するゆえに初めは相引きますが、のちにはその異性なるゆえに無限の相克と闘争をつづけます。
融和のところに進歩や創造なく、沈滞と固定、骨化が始まり、争闘相克のところには躍進と創造があります。』(「宇宙の秩序」より)
夫婦喧嘩が絶えないワケがわかりました(-_-;)